緊急着陸・強制降機が合法であっても正しいとは限らない理由

president.jp

 

本件、どうもブコメなどを見ていても、論点の踏み込みが全体的に浅い印象だったので、簡単に所見を……。

 

関連の記事やそのコメント欄を眺めた限り、

  1. 航行の安全を確保するため、機長(および客室乗務員)には極めて強い権限が与えられており、彼らが危険と判断した以上、強制降機は合法である
  2. だから、正しいのは航空会社の側であり、非は男性の方にある

という意見が大勢のようです。

 

しかし、この意見はロジックとしては不完全です。

 

1については文句なくその通りであり、ですから今回の強制降機が合法であることには、何の疑いもないでしょう。

しかし、1が肯定されることが、そのまま2を肯定する根拠になりうるのかというと、冷静に考えれえば決してそんなことはないことが分かるはずです。

 

航行中に機長へ付与される強力な権限というのは、あくまでも閉鎖環境にあって通常の治安維持システム(警察力等)が機能しない状況においての「非常措置」であるため、そこには本来の治安維持システムには存在しているガバナンス(不当な警察力の行使を抑制する機構)が完全な形では適用されていません。

 

pilot-blog.net

 

ここまで読まれた方の中には、人前で縛り上げられ糞尿垂れ流しの刑に処せられるなんて人権侵害では?と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

確かに、ヒドいですw

地上でこんなことしたら、アムネスティーインターナショナルの皆さんにドヤされることでしょう。

しかし、機内ではオッケーなんです。なぜなら、会社の規定にそう書いてあるから。その会社の規定は各国の航空法に基づき承認されたモノであり、国際航空運送協会のルールに準拠しています。

つまり、圧倒的に合法なんです

降機させられた後、シベリアの中心で幾ら人権侵害を叫んでも恐らくどうにもなりません。

地上と機上ではルールが違うんです。

安全を守るため、機内ではある意味治外法権が成り立っているといっても過言ではないでしょう。

 

こちらの記事にあるように、機内はある種の治外法権であるといえます。

これは、言い換えれば「機長の判断について正しいか否かを判断する第三者がいない一種の独裁状態」が機内には存在しているということです。

そのようなガバナンスの不完全な状態で下された決定は、(その状況自体が航空法という法律に基づき合法とされている以上)その場においては正しいものであるといえますが、事後においては改めてそれが本当に正しいものであったかを検証するプロセスを経ないことには、正当であったと評価することはできません。

今回のケースでいえば、男性側と航空会社側で主張が対立している以上、機内にあっては機長(航空会社側)の主張が優先されて強制降機の措置が採られることが正当だといえますが、措置の後、こうして航行の危険が無くなった時点においては、改めて両者の主張を比較してどちらの主張に理があるのかを検証しなければ、両者の行動の是非について判断を下すことは不可能なはずです。

そして、その事後の評価プロセスにおいて「強制降機は合法であった」という事実は、両者の主張の正当性を判断するのに際して、何らの影響も及ぼし得ないのです。

 

最後に本件に関して個人的な見解を述べるのであれば、航行中の機内でどのようなやり取りがあったのか、その事実関係について当事者*1の証言以外の情報を持ちえない我々部外者が、現段階で誰が悪いのかと犯人を決めつけること自体が浅慮であり、軽薄な行為であると感じます。

対立が続くようであれば、当事者自身が司法の場によって解決を図ることになるでしょうし、それ以外に明確な解決の手段はないと思われますので、皆様も不用意にどちらかを悪者扱いするような言動は避けるのが懸命ではないかと思う次第であります。

*1:本件の場合、同乗した乗客についても航行遅延等による利害関係が存在することから第三者と見做すことはできませんので、語られる機内の様子はすべて利害の対立する「当事者」の一方的な主張であると判断されます。