Nintendo LABOは布石に過ぎない

Nintendo LABOの何が凄いか。

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色々な人が、色々な視点からNintendo LABOを絶賛する記事を書いている一方で、何が凄いのか全く分からないという声も見受けられます。

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特に多く見られるのはイデアの斬新さに対する賞賛の声ですが、個人的には今回のNintendo LABOの発表に関して「最も驚愕に値するポイント」は、もっと他の部分にあると感じました。

以下、私が「凄い」と感じたポイントについて話をしていきたいと思いますが、その前に一点、以下の話は「Nintendo LABOの企画がNintendo Switchの発売以前から進行していた」という推測を前提にしたものであるということをお断りしておきます。
発表タイミングなど諸々の状況から考えて、Nintendo LABOがNintendo Switch本体のローンチ以前からNintendo Switch関連プロジェクトの基本戦略に組み込まれていたアイデアであることはほぼ確実だと私は確信していますが、あくまでも証拠に基づかない推測である以上、この点が誤りであれば以下の考察はあまり意味を成さないものになってしまう可能性があるということは、事前に了承しておいていただきたく思います。

「ゲーム」ではなく「おもちゃ」を作った

さて、私がNintendo LABOを「凄い」と感じた最大のポイント、それはNintendo LABOで実現されているソリューションの本質が「ゲームではなくおもちゃである」ということにあります。
公開された動画などの中でダンボールを使って作られたガジェットのうち、私が特に驚いたのは「ラジコン」と「ピアノ」です。
一見すると、技術的なアイデアの斬新さ・面白さに目を奪われてしまうため、これらの異質性に気付くのが遅れがちになりますが、よくよく考えてみるとこれらのガジェットは「ゲーム会社」が提案する遊びのカテゴリとしては明らかに特異な存在です。
何しろ、これらのガジェットは、それ単体では何ら「ゲーム性」を持たない一般的な「おもちゃ」に過ぎません。私も子供の頃、親にラジコンを買ってもらって遊んだ経験がありますが、当然それは「玩具メーカー(おもちゃ会社)」が作った製品であって「ゲーム会社」が作った製品ではありませんでした。ゲーム会社は「デジタル技術」を武器にして「ゲーム性」のある「遊び」を提案し、おもちゃ会社が得意とする比較的「アナログ寄り」の「遊び」には進出しない。それがこれまでのゲーム業界の常識でした。そして、任天堂は今、この両者の間にある垣根を飛び越えて、おもちゃ会社たちの跋扈する「ガチのおもちゃ市場」という名の戦場へ殴り込みを開始しようとしている。私はNintendo LABOがその開戦の狼煙であると理解しました。

周知のように、任天堂のターゲットが低年齢層(主に児童)であるというのは今に始まったことではありません。ソニーマイクロソフトとの比較をするまでもなく、任天堂のメインターゲットが低年齢層であることに異論のある人はいないでしょう。
つまり低年齢層を相手に商売をすると決めた任天堂にとって、本当のライバルは今も昔もソニーでもマイクロソフトでもなく、あるいは(小学生相手では大きな課金を期待できない)スマホゲームでもなく、タカラトミーエポック社バンダイなどの「おもちゃ会社」であったと推察できるのです。
子供たちが「遊び」に使うことのできるお金、そして時間は、当然の事ながら有限です。クリスマスにサンタクロースが買ってくれる……もとい贈ってくれるプレゼントは、大抵ひとりひとつに限られます。子供たちが毎年毎年「どうぶつの森」の新作ソフトをリクエストしてくれれば万々歳ではありますが、仮に「ラジコン」や「ドールハウス」のブームが学校で巻き起こってしまえば、任天堂はそこに乗っかりたくても乗っかるためのタマを持ち合わせていない……というのがこれまでの状況でした。
このジレンマを一変させるために任天堂が満を持して繰り出してきた驚きの戦略。それこそが自社の「おもちゃ事業」への参入です。

今回、任天堂はソリューションをダンボールというチープな形に乗せて提案してきました。組み立てる楽しさ、知育玩具としての立ち位置の確立。それらは確かに理由としてもっともではあるし、狙いの一部には違いないと思われますが、より大きな意図は別にあると私は考えています。
それは、これがサードパーティに向けたプレゼンテーションの一環であり、あえて発展性を残した素のアイデア(ソリューションの核となる部分)だけを見せることで、彼らの想像力を刺激する作戦であるという可能性です。
前述の通り、任天堂は既存のおもちゃ会社に対して宣戦布告をしているのだと私は考えています。ただし、その戦い方は正面攻勢ではありません。あくまでも「ゲーム会社」としての強みを活かして、ゲーム会社らしい戦い方で、おもちゃ会社に向けて喧嘩を売っているのです。
ゲーム会社が持つ、おもちゃ会社には無い2つの強み。
それは「デジタル技術」と「ネットワーク外部性」です。

近年、デジタルゲームではない一般のおもちゃの中にも、デジタル的な要素を持った「ハイテク玩具」とでもいうべきおもちゃの一ジャンルが確立されています。
しかし、これらのハイテク玩具はデジタル部分に対して相応のコストが発生しているであろうことは想像に難くなく、逆に言えばここを削減できればコスト面で圧倒的な優位に立つことができるものと考えられます。
例えば、Nintendo LABOで実現したラジコンを、ダンボールではなくプラスチックなどで作り込んでサードパーティが発売したとき、おもちゃ会社が1から10まで自社で製造したラジコンよりもはるかに少ないコストで、同等の製品が実現できる可能性が生まれたのです。

結論を言いましょう。
任天堂が目指す戦略、それは「ゲーム業界でのノウハウを活用した、おもちゃ業界における新たなプラットフォームの構築」であると私は予想します。

任天堂はゲーム会社として、ソフトウェア会社と共にプラットフォームそのものを成長させる(ネットワーク外部性を活用する)戦い方を極めてきました。
プラットフォームビジネスのエキスパートである任天堂がおもちゃ業界に殴り込みを掛けるに当たって、このノウハウを活用しない手はありません。
任天堂サードパーティとして、どこを主なプレーヤーと想定しているかまでは分かりませんが、おそらくまずは、既存のおもちゃ会社とのタイアップを狙ってくるのではないでしょうか。
タカラトミーにしろエポック社にしろ、プラットフォームが成長し切った段階に至ってしまってからでは、もはやプラットフォームに参加する旨味は無くなってしまいます。
任天堂がまだプラットフォームの成長のため新規参入に対して下手に出ている早期のうちに一定のポジションを築くのが得策だと考える会社が複数現れれば、その時点で任天堂の勝利は確定したも同然でしょう。

それを実現した組織が凄い

以上が、私がNintendo LABOから予想した任天堂の戦略ですが、私が本当に「凄い」と感じた点は、この戦略を任天堂が思い付いたことではありません。
もちろん、戦略自体も素晴らしいものではありますが、それ自体は今の時点では成功するか否かも分からず、絶賛するほどのものではないと思います。
私が感動したのは、ゲーム分野で圧倒的な歴史と地位を築いてきた任天堂「ゲーム」という得意分野を離れて「おもちゃ」全般へと事業ドメインを拡張することができたこと。私はその組織文化にこそ、感銘を受けたのです。

冷静になって考えてみてください。
今、任天堂の一線で働いている社員のほとんどは、任天堂ファミコンの会社であると知って入ってきた人たちばかりです。
「自分たちはファミコンの後継を作るのだ」と燃えて入社してきたエンジニアが「これからはゲームではなくおもちゃ作りに力を入れていく」と言われたとき、はたしてどれだけの反発が生まれるでしょうか。
取引先についても同様です。今までゲームを作るために協力してきてくれた多くの取引先に対して「これからはゲームよりもおもちゃに重点を置くので、おたくとの付き合いは薄くなる」と躊躇いなく言うことのできる人がどれだけ存在するでしょうか。
しかし、任天堂は「世界のユーザーへ、かつて経験したことのない楽しさ、面白さを持った娯楽を提供すること」という基本方針を過度に小さく捉えることなく、この大胆な方針転換を既に完遂しました。

最初に述べたように、私はNintendo SwitchはNintendo LABOとそれ以降の展開を見越して設計されたものであると確信しています。
もしもNintendo LABOのような利用法をするのでなければ不要だったはずの仕様、逆に省かなければならなかった機能などがNintendo Switchにはきっと存在しているはずです。
Nintendo Switchは単なるゲーム機ではなく、周囲に様々な「ガワ」をくっつけることで新たなおもちゃを生み出すことのできる「おもちゃプラットフォーム」の核となるべく開発された製品でした。
賽は既に投げられているのです。
もちろん、大コケをしないようにリスクヘッジはしていることでしょうが、それでも任天堂はこのNintendo LABOのために既に多大なコストを投下しているのです。

私は任天堂の組織について深い知識を持っているわけではありませんが、ここまでの挑戦を成し遂げたという一点だけを以ってしても、任天堂にはいわゆるイノベーションのジレンマを打ち破るだけの「凄い」組織文化が根ざしているのだと評価せざるを得ないのです。

 

※最後に関連として、任天堂の組織について書かれた以下の記事が興味深かったため、ご紹介しておきます。

www.orangeitems.com