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天皇陛下の人権

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象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日) - 宮内庁

刺されるかもしれないけれど、勇気を出して書きます。

大前提として、天皇制は人権侵害であり、憲法違反です。

選挙権がない、職業選択の自由がない、信教の自由がない、その他諸々の権利が出自を理由として制限されている天皇の人権は、著しく侵害されています。

平等権や基本的人権の尊重を謳った日本国憲法の中に、これらを無視した天皇制が定められていることは、決定的な自己矛盾だと言えます*1

その上で、私は象徴天皇制を肯定します。

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

はっきり言って、意味が分かりません。

分かるような気もしますが、分かると断言できるほどには分かりません。

私だけではありません。憲法学者であっても意見が割れているのです。

グレーです。玉虫色です。

「象徴」とは一体何なのか? 読む人によって受け止め方が変わります。

それこそが象徴天皇制の真価です。

今の日本があるのは、象徴天皇制という良く分からない制度によって、右側の人も、左側の人も、納得半分モヤモヤ半分の気持ちを抱えながら、手を取り合って70年頑張ってこれたお陰です。

バランスです。それも危ういバランスです。

でも、日本人は70年もの間、その綱渡りに成功してきました。

時代時代の人たちが、必死でバランスを保つよう努力してきた結果でしょう。

さらに、何よりも大きいのは犠牲となられた天皇陛下の存在です。

明らかにその人権が侵害されているにも関わらず、あくまでも象徴としての立ち位置を崩さずに役目を果たして来られた陛下の犠牲があったからこそ、象徴天皇制は70年に渡ってグレーな形で存続することができました。

しかし、繰り返しになりますが、天皇制は人権侵害です。

本来あってはならないルール違反です。

ある意味において、日本国民は全員が天皇陛下の人権を蔑ろにした加害者だと言ってもいいでしょう。

可能であれば、一刻も早くこのような人道に反する制度は廃止するべきでしょう。

しかし、私は天皇制の廃止には賛成できません。

なぜなら、今の日本には満場一致で天皇制を廃止できるだけの世論が形成されていないからです。

天皇そして皇室というものに特別な感情を抱く国民は、現代でも決して少なくありません。

今、天皇制を廃止しようなどと言い出せば、絶対に猛反発が起こります。

せっかく、右も左もそれなりに仲良く70年頑張ってきたのに、喧嘩別れになることは確実です。

ですから、今はまだ、スケープゴートとして天皇という存在が必要です。

近代国家としては反則です。国のために一個人の人権を犠牲にするなど、あってはならない暴挙です。

それでも日本に天皇は必要です。

だから、頭を下げて、心の底から敬意と謝意を込めて、お願いするしかありません。

「どうか、私たちのために犠牲になってください」と。

そうして70年間、私たちは歩んできました。

私たちは多大な犠牲の上に立っているのです。

だからこそ。せめてもの償いとして、辞めたいと言われたときには「わかりました」と二つ返事で応えるべきだと私は思います。

言うまでもなく、象徴天皇制という制度を考えれば、天皇陛下が「辞めたい」と述べること、それ自体が本来はグレーな行為です。

それを踏まえた上で、それでも今回こうしたメッセージが発せられたことに、私は本当に心から申し訳ない気持ちでいっぱいです。忸怩たる思いとはこのことだと思います。

万難を排して、お気持ちを叶えて差し上げるべきだと思います。

人生の大半を非人道的な制度の維持に捧げてこられた方を報いるに、その程度のことさえ出来なければ、陛下が支えてこられた国家とは何だったのかと言われても仕方がありません。

将来、100年後か200年後か、あるいは1000年後か8000年後は分かりませんが、天皇を含めたすべての人の人権が尊重され、それでも国家が安定して国民が動揺することのない時代がやってくるそのときまで、私たちは犠牲となられる皇室の方々に最大限の敬意を払いつつ天皇制を護持していく必要があるのだと思います。

*1:そもそも天皇は人権の客体である国民ではないとする説もありますが、たとえ国民で無かったにせよ、同じ国に生まれた特定の個人の権利を差別的に制約することが、倫理に甚だしくもとることは間違いありません